東京都体育館(Tokyo Metoropolitan Gymnasium)

東京の都心部に皇居の森に近接して二ヶ所の緑地があり、それぞれにプリッツカー賞を受賞した二人の日本人建築家の設計になる体育施設がある。ひとつは日本を代表する近代建築第二世代の巨匠丹下健三の設計になる1964年に竣工したOlympic Arenasであり、もう一つは、それから1/4世紀後に竣工した、丹下の次の世代の日本を代表する国際的建築家槇文彦によるTokyo Metoropolitan Gymnasiumである。

Olympic Arenasは二つの体育館から構成され、吊り構造というひとつのテーマの変奏となっている。力強い骨組みをもち、それはそのまま全体の形態の表現に結び付いている。シルエットは日本の伝統的宗教建築を連想させて、民族的なイコンとなっている。それは英雄的で、統合的である。これに対して、Tokyo Metoropolitan Gymnasiumを構成する3つの施設(大体育館、小体育館、室内水泳場)には、それぞれに独自の形態が与えられている。3つの形態から喚起される連想は一種の国際的な文脈に属している。大体育館は、UFOのようであるし、また蟹の甲羅のようでもあり、屋内水泳場は幾何学的で中性的であり、小体育館はジグラッドのようである。一つ一つの建物の形態においても、またイコン性においても相互に密接な関係が薄く、かつ多義的で、配置も明白な幾学的な秩序に従っておらず、偶発的なマスのせめぎあいはピラネージのカンポ・マルッツィオ(Campo Marzio)を思い起こさせる。三つの体育館は架構でも、外形に対応してそれぞれに適した別々の方式が採用されている。一番大きな大体育館では二本のアーチによって支えるというコンベンショナルな解決が取られ、構造は天井で隠されて、全体の表現は皮膜的であり、印象は優雅である。

Olympic Arenasが、周囲に広大な緑地と駐車場を従え、孤立したオブジェクトとなってエドマンド・バークの言う「崇高性」醸し出し、見るものに畏怖の念を起こさせるのに対して、Tokyo Metoropolitan Gymnasiumはもっと複雑であり、親しみ易い性格を持っている。この親しみ易さは、ひとつには、建物の高さが極力押さえられ、周辺の町並みとの不協和音を最少にされていることによる。もうひとつは、形態、材質、オープンスペースの取り方などにきめ細かな配慮がなされ、建物のあいだの外部空間にそれぞれ個性が与えられ、建物どうしの間隔の取り方に、東京のコンテクストを反映させていることによっている。日本人が精神の深層に抱く都市のイメージを建築化することによって、槇の表現を引用すれば「忘れがたい情景(unforgetable scene)作り出す」試みなのである。近くに住む私の友人の一人は「昔からここにあったようだ」という印象を述べていたが、このことは、この体育館が新築であり、形態も伝統的ではないのに、建築の門外の市民にこのような印象を与えたことは、槇の試みが成功してることの証しといえよう。

かつて、スポーツは貴族の慰みとして誕生し、国民国家のもとでは軍事教練と結び付き発展してきた。平和時は軍事力に代わって国力を誇示する手段となり、オリンピックにその最高の表現形態を見出した。1964年に開催されたアジアで最初のオリンピックのために国によって建設されたOlympic Arenasはこのような情況に対応して、見事に応えている。それは、何よりも、戦後20年弱の短期間に戦災による焦土から驚異的な復興と経済的発展を遂げた日本を称えるモダニズム言語によるモニュメントである。

その後、民主主義の浸透と国民の経済的余裕は、スポーツの性格を変質させ、市民の時間消費型のレジャーの中心的活動に変えた。日本では1970年代以降に起ってきた現象である。Tokyo Metoropolitan Gymnasiumはそういった時代を反映している。

日本の建築界にあって、槇文彦は、丹下健三とともに建築と都市の関係、そして公共性についてもっとも真剣に考えてきた建築家であり、個性的で影響力のある見解を表明し、かつ建築化するのに成功している。丹下において、都市は明示的に建築と一体化し、群集としての市民が主題であるのに対して、槇の建築においては都市は暗示的であり、個人としての市民と公共スペースの関係が主題となっている。槇が向き合う20世紀末の日本の文化は、近世に遡る伝統、19世紀中葉以降の西欧の影響、第二次大戦以降の米国の影響、そして現在のボーダレス化した消費社会などの複雑な混成物である。槇の建築の主題は、このような情況のなかでの集団の記憶と文化の創造がであるが、このような文化の複雑性は、ひとり日本に限らず、現代社会に属するあらゆる国に共有する性格でもある。それゆえ、この建物は現代社会の公共施設のあり方に対する普遍的で優れた回答を示すとともに、モダニズムのデザイン言語の可能性の拡張に大きな貢献をしている。


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